【後編】こどもの国線はなんで東急じゃないの?

どうも、Enterキーを失くした羽沢です。今回はこどもの国線はなぜ東急じゃないのかというところの結論までお話ししていきます。

前回はこちらから

3. 横浜高速鉄道へ

沿線概況 転載禁止

昭和が終わりに近づくとともに現在の恩田駅付近のあかね台を初め、こどもの国線沿線では急速な宅地化が進みました。

1979年に初めて横浜市に対して住民から陳情が出され、1983年には区画整理工事が始まり、そして1988年に「通勤線化計画」を横浜市が方針として固めます。通勤線化とは、

  • 終日全時間帯での運行
  • こどもの国駅舎の建て替え
  • ロングレール化
  • 恩田駅の新設

一般的にはこれら5つを指します。(指すはず…)

これらの計画を進めようという時、ある問題が浮上します。それは沿線住民の反対です。

おいおいちょっと待て。住民が要望出して反対してるとかわけわかめな状態になってるだろ。 実は、要望を出したのは主にあかね台やこどもの国周辺の住民で、反対しているのは長津田駅周辺の住民、つまり住民同士での対立が起こっていたのです。

転載禁止

図の通り、長津田駅を発車した直後に物凄いカーブが待ち受けていることが分かるかと思います。このカーブは半径165m。沿線住民会はこれによる騒音振動を危惧しており、こどもの国線自体をLRTやガイドウェイバスへ転換することを提案しましたが、恩田駅付近の東急電鉄長津田工場への入出庫線の役割を果たしているこどもの国線を無くすわけにはいきません。これらは東急により却下され、現行線を改良していくことになりました。長津田駅付近のカーブでは更なる減速運転とともにレールにウレタンを貼り付ける対応が取られました。

今度こそ事業が進められるかと思いきや、新たな問題が浮上します。こどもの国を管理するこどもの国協会は来園者の利便性を図るという目的で こどもの国線の設備を保有していました。ですが通勤化すれば旅客輸送がメインとなるため、こどもの国協会が保有し続けるのは適切でないのです。あまり収益性が良くないこどもの国線を保有することを東急は嫌がりました。

その後偉い人達が会議した結果、みなとみらい線を建設・設備を保有する横浜高速鉄道にこどもの国線の資産や設備を保有させるということになりました。横浜高速鉄道は神奈川県や横浜市が出資する所謂第3セクターであり、東急は民間企業で最大の株主です。これなら東急も従来通り運行のみを担当する為コストはほぼ掛かりません。

そして1997年8月、こどもの国協会から横浜高速鉄道に設備・資産が譲渡され、同年10月より上記の工事がスタートします。同時にこどもの国駅は無人化されました。11月10日からは月曜のこどもの国休園日を中心に工事が進められました。1999年からは通勤線化を待たずして横浜高速鉄道Y000系がデビューします。

開業から31年目にして初めての新車です。前述の理由から東急電鉄ではなく横浜高速鉄道が保有しています。同時期に製造されていた2代目東急3000系をベースとしながらも、車体は3ドア、側面の窓配置も違っています。本系列は2両固定編成を基本とし、混雑度に応じて4両にすることもできます。前述の理由から車両側でも対策が取られ、Y000系には防音車輪を採用しています。更にY000系により騒音振動を抑制できる操舵台車の採用も検討していました。

2000年3月29日、遂に通勤線化が完了し大幅に利便性が上がりました。こどもの国協会時代から引き続き運行は東急が担当しています。

結論として、こどもの国線が東急でないのは、東急が収益性の低いこどもの国線を保有したくなかったからということになります。

地味にこどもの国線が上下分離方式第1号だったりします。

今回も最後までご覧頂きありがとうございました。

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名無しが通過します
名無しが通過します
2024/02/11 17:25

なんかちょっと違うんだよな…

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